Outline
Introduction はじめに
建設業界での人材不足は深刻な課題で、国土交通省の資料1)によれば2023年度には約21万人の人材不足が予測されている。人材不足の解決策として就労人口の純増や生産性向上に資する技術開発が政策として掲げられている。その例としてICTを全面的に活用して建設生産システム全体の生産性向上を図る試み、建設業従事者個々の生産性向上を目的とした建設リカレント教育用の建設技能トレーニングプログラム(建トレ)の公開が国土交通省主導で実施されている。
本研究では左官工を対象として、熟練技能伝承のために熟練者作業動作の暗黙知の見える化に資する動作分析を目的とする。
背景資料
Materials&Methods 実験方法
本研究では、左官経験55年71歳の熟練技能工(右利き)と左官経験なし30歳の技能工(左利き)の協力を得て測定を行った。動作は光学式モーションキャプチャ(Motion analysis社、Kestral 20台)により測定した。モーションキャプチャの撮影は60fpsとした。座標系は垂直方向をy軸とした。実験の様子を図1に示す。モーションキャプチャのマーカを装着したスーツを着用し、モルタル塗り作業を行う。
解析はコテを握る手の甲の軌跡、頭頂と腰部の軌跡を算出した。これらのグラフと実験時に撮影した動画の同期表示映像による可視化を行った。また、熟練動作の特徴抽出の一例としてコテの角度の可視化が有効との熟練者のヒアリングに基づき、その可視化を検討した。光学式モーションキャプチャを使用しているため、コテに直接マーカを装着することは難しい。作業途中でコテを握り直さないというヒアリング結果から、コテを握る手の甲の3次元空間内での傾きが、コテの角度に連動すると考えた。コテを握る手の拇指、中指、小指それぞれの付け根のマーカを結んだ三角形の3次元空間内の軌跡を手の甲の傾きとして可視化した。
実験風景 名古屋市立大学 映像スタジオ内
Results 結果
作業時間は熟練者が217sec、未経験者が476secであった。手の甲中指付け根のマーカの速度の平均は熟練者が10.36(mm/fps)、未経験者が6.08 (mm/fps)、速度の標準偏差は熟練者が4.80 (mm/(fps*fps))、未経験者が3.66(mm/(fps*fps))であった。
図2は作業中のコテを握る手の甲中指付け根マーカのx-z平面の軌跡を示している。図3は腰部背中側中央のマーカのx-z平面の軌跡であり、何れも(a)が熟練者、(b)が未経験者である。
図4は熟練者のコテを握る手の甲を拇指、中指、小指それぞれの付け根マーカを結ぶ三角形を可視化している。図はtopビュー、すなわち作業者を天井から見下ろす位置を視点(カメラ位置)とした三角形の軌跡を示す。(a)下地づくり:フチを押さえる、(b)下地づくり:全体に広げる、(c)ならし、それぞれの動作を示す。
資料
Discussion 考察
熟練者の作業時間は未経験者の約46%で、熟練者の手を動かす速度の平均値が大きいことに反映されており、速度の標準偏差が大きいことから速度の緩急の差が大きい動作となっている。
図2のコテを握る手の軌跡から熟練者は枠のフチの軌跡が密で中央部分がやや疎となり粗密の差が見られる。図3の腰部背中側中央マーカの位置軌跡では、熟練者が枠の3辺から作業を行っていたことに対応して3箇所の位置で軌跡が密になる往復運動が確認できる。熟練者のヒアリングでは、作業において足の位置を固定して腰を左右に動かしているとの回答が得られており、この軌跡はその動作を可視化した結果と言える。
図4の手の甲を三角形で表した軌跡から、(a)(b)で示している下地づくりと(c)で示すならしでは手の甲の角度の変化が異なっていることが推定される。図4はtopビューであるため面積の大きい三角形はx-z平面(床面)に手の甲が並行になっており、面積の小さい三角形は手の甲が床面と垂直になっていると考えられる。下地づくりでは、コテの角度を大きく変化させていることに対して、ならしではコテの角度が殆ど変化していないと考えられる。コテ面に対して手の甲はほぼ垂直の角度をなしていることを考えると、ならしではコテ面は床面に対してほぼ平行でわずかな高低差を平準化する作業であること、並びにコテの角度は完全には固定されておらず、表面の凹凸や水分量に応じて微妙に変化させていることが可視化出来ており、技能工の暗黙知領域の形式知化に寄与できる可能性があると考えている。
動画資料
[結果] 熟練者と初心者のコテ角度 (手の甲の水平面に対する角度から推定)
Conclusion 結論
本研究では左官工を対象とした熟練動作伝承を目的として動作分析を行った。手、頭頂、腰の座標位置と手の甲の3次元空間内での動作の軌跡を可視化し熟練者の動作の特徴を抽出した。
背景資料
Acknowledgement 謝辞
実験参加者および実験環境構築で測定にご協力をいただいた(株)光建の社員の皆様に感謝申し上げます。本研究の一部は科学研究費補助金基盤研究(B)23H03683の補助により実施した。